Step into the groove!

及川光博さんの楽曲を語ります。

9. Don't Stop Me Baby

こんにちは、ヴェルデです。

 

とってもとってもお久しぶりです。

必要に迫られていてもできなかったのに、迫られなくなって書くはずがありませんでした。

でも、愛が爆発しそうになったとき、吐き出す場所に使えたらなと思っています。やはり私はミッチーさんの音楽がいっとう好きなのだと改めて感じているので……。(ネトフリ映画*1をまだ観ていないことからわかる)

 

さて、そしていま、その時が来たと、そういうことです。

 

3月11日、及川光博さんのニューアルバム『気まぐれサーカス』が4月27日にリリースされることが発表され、同時に収録曲全8曲のタイトルも明らかになりました。

気まぐれサーカス [初回限定盤CD+DVD]

そこで物議を醸し、あるいは議論を呼んだのが「フライドポテト」(曲名)でしたが、私が目をつけたのはそこではありませんでした。もちろんフライドポテトも気にはなりましたけども。

 

02.「Don't Stop Me Baby」の文字が、私には輝いて見えたのです。

 

この時点で、まだタイトルのみで、中身はまったくわからない状態です。

しかしタイトルの文字列だけでもなにかを感じとり、やがて情報解禁の記事*2にて作曲がダンス☆マン氏であることを知ると、それは明確な期待になって膨れ上がります。

というのも、ダンス☆マン氏といえば、再三お伝えしてきました私の最愛曲「Shinin' Star」の作曲を手掛けた御方。この曲の発表が2007年、以来氏の楽曲提供はなかった(はず)、それが今回やっと、ふたたび、彼らの音楽を聴くことができる。

そう思うと本当にうれしくてたまらなくなったのでした。曲タイトルと作曲者だけで。

 

3月25日、正午*3スマートフォンを見ていた私は突如として画面上部に現れたプッシュ通知に飛び退きます。

リード曲「気まぐれラプソディ」MV公開、というのです。恐るべきことはなんの前触れもないのです。

慌ててタップすると、MV公開、ならびに、なんと、全曲試聴開始と書かれているではありませんか。及川光博、約2年ぶりアルバム『気まぐれサーカス』から「気まぐれラプソディー」MV公開 | SPICE - エンタメ特化型情報メディア スパイス*4

15時からのアルバイトに向けて準備をしていたところであり、バイト後にじっくりという選択肢もありましたが、気になって集中できるわけがないだろうということでしっかり聴きました

 

発売前につきサブスクのリンクが貼れないので試聴できるページをば。

及川 光博 | ビクターエンタテインメント

 

1曲目は、2016年『パンチドランク・ラヴ』の「Punch-Drunk Love」、2017年『FUNK A LA MODE』の「FUNK A LA MODE」、あるいは前述Shinin' Star収録の2007年『FUNKASIA☆』1曲目「FUNKASIA」のように、コンセプチュアルなインストゥルメンタル曲のようです。試聴だけどフル尺。

ただ、上記3つとは違って、アルバムタイトルとはまったく異なる「The Curtain Rises」という曲名になっています。

幕が上がる。ミッチーさんのワンマンショーは現在ホールツアーの形式であり、開演前、休憩中、緞帳を使われています。文字通り幕が上がる最中にこの曲が流れるさまを想像すると……と、本日の本題はここではないのでこのぐらいにして。

 

わくわくすぎて、おそるおそる「02」の横の再生ボタンをタップすると耳に流れ込んできたのは

Don't Stop Me Baby

いきなりクライマックス

※歌詞はまだ発表されていませんので表記は予想です。

サビ頭に曲名、そして「いきなりクライマックス」。受け止めきれなくて一旦止めました。

ダンス☆マン氏ということで、ノリノリディスコティックダンスナンバーであることは想像できていたはずですが、やっぱりこれは大好きだと、ここで期待が確信に変わります。まだ3秒しか聴いてないけど。

試聴で公開されている1サビ部分の歌詞を聴き取ったものを載せておきますね。

Don't Stop Me Baby

いきなりクライマックス

すでにcan't stop lovin' you, angel

心を繋いで 響きあって

戻れない昨日には

I keep on groovin'

きらめいちゃいましょう

ふたりdance dance in the starlight

愛しすぎて辛いぜ 辛いけどハッピー

最高です 君は最高です

Don't stop it, my love

聴き終えての感想はもちろん「最高です」。これに尽きます。

英語部分も多いので一度で明解することはできませんでしたけれども、とりあえず最高なのは伝わったとそういうことです。

数日の間、この曲だけではありませんが何度も繰り返し聴いては元気をもらっていました。

 

そしてとうとう4月に入り、月末にはワンマン開幕、という4月1日、なんと、ラジオにて「The Curtain Rises」「Don't Stop Me Baby」の2曲をフル尺で流してくださいました。

ベイベーさん以外で見てくださってる方がいるかは微妙なところではありますが一応ラジオについて軽く説明しますと、福岡のFMラジオ局・CROSS FMにて、毎週金曜23時より1時間放送の「RADIO◎CONNECTOR」という番組内で、及川光博さん担当「キラメキ☆ドレナージュ」というコーナーがあり、常時ではありませんがSeason形式で放送され、今回は10年目にしてSeason11とのことです。コネクター(DJ)はゴシゴシお姉さんこと相越久枝さんで、おふたりの軽快なトークはぎゅぎゅっと濃縮感があって、radikoのタイムフリー機能でじっくり聴き返すこと必至です。福岡のラジオが東京で聴ける便利な世の中で本当によかった。

この日よりキラメキ☆ドレナージュSeason11がスタート、声だけでもわかるごきげんなミッチーさんに、こちらまでにこにこしてしまいます。

裏話もちょこちょこと飛び出す中、楽しいおしゃべりの最後にこの2曲が聴けることがわかると、うれしさに震えました。

 

インストゥルメンタルが終わると同時に流れ出したドラムパッドの音、それはイントロと呼ぶにはあまりに短く、ラジオだからカットされているのかそういう曲なのかはまだわかりませんが、とにかく心の準備ができる前に歌い出し、否、掛け合いのはじまりです。

かなりの早口で畳み掛けてくるのでびっくりしながらも、「心の準備はオッケーですか?」と問われたので、まったくオッケーではないながらも迷いなく「オッケーでーす!」と応えるその目にはなぜだか涙さえ浮かんできました。

 

文字量の多い歌詞、リアルタイムですべて聴き取れるわけはないですが、すんなりと心に落ちてくるキーワードと、思わず体を揺らしてしまうビート、幸せなグルーヴに包まれて、とにかく心が満たされた瞬間でした。

 

radikoでは放送後1週間、タイムフリーという機能で番組を聴き直すことができます。

年度初め、バイトやら履修登録やらで忙しくしていた私は、学校に向かう電車の中でギリギリ歌詞の聴き取りに着手することができまして、帰りの電車で完成。聴き取ったすべての歌詞を載せることは、先駆の方がやってくださっているので、二番煎じになりますので、私は遠慮させていただきます。

 

本当は聴取期限が終わる前に聴き納めしながらこれを書こうと思ったのですが、8日の回で解禁された「君が好き。」のほうの聴き取りを終えたら、電池が切れてしまったようで、深い眠りに落ちてしまいました。

でも、幸いまだ耳に残っているので、メモした歌詞よりいつも通りポイント(独断と偏見ですが)を抜き出して、気の趣くままに書きつけておきたいと思います。

 

みんな集合です Get funky!

(Get funky! Get funky!)

思う存分キラキラしようぜbaby

(Go Mitchy! Go Mitchy!)

心の準備はオッケーですか?

(オッケーでーす!)

それでは参りましょう

(Yeah!)

M・I・T・C・H・Y

Let's get god/good tonight

(Yeah hoo!)

まず最初の掛け合いです。

お願いだから事前におうちで録音した私たちの声を会場で流させてください。(技術的な制約)

いやこれは正直ずっと思ってたんです。ただうまくやらないと編集するほうが泡吹いて倒れちゃう案件なのはよくわかるのでわがままは言いません。……でもダンス動画ができたならワンチャンあるのではないかnすみませんなんでもないです。

でも、心の底から、いや腹の底から叫べる日がくるのをしずかに待ち続けるのも、悪くないです。

Wow

まだ見たことない景色

たどり着きたいんだ君と

夏祭りの夕方みたいなfeeling

今日が絶好のチャンス

Aメロに入りまして、この部分、作曲理論には詳しくないのでなぜなのかはわからないのですが、こう、サビに向けての「準備してる感」がすごくして、好きです。

歌詞も、私がお祭り女なので祭り関連のお話をされてると心躍るのですが、最近(なのかどうかは最近しか知らないのでわからないのですが)よくご自身のステージを「祭りだ」と表現されていて、疫病によって祭りを取り上げられただの女になっていた私にとっての救いです。ともすると忘れかけていた「夏祭りの夕方みたいなフィーリング」、思い出せました。なんならそのあとの「今日が絶好のチャンス」で夏祭りの日に思いを告げようとしていた小学生の私まで蘇りました。いやそんな私はいなかったと思いますがそういうシチュエーションに憧れていた私はいたのだと思います。頭の中の景色は夕暮れ小学校の校庭です。

例えば君がどんなに臆病でも

(怖がらないで)

大丈夫さget up

(get up, get up)

つづけてBメロ、さっきよりももう少し、じわじわとサビに近づきながらもやはり準備をつづけている感じがします。そう、出発前の宇宙船みたいな感じです。乗ったことないけど。おそらくスペーシーな音(素直にシンセと言え)が鳴っているからでしょうか……?

そしてここの歌詞はもうとにかく好きです。理枝さんのコーラスあって成立する、しかも寸分違わない呼吸が求められる設計になっていて、ライブで鳥肌を立てるのが楽しみです。

1番もそうなのですが2番も

目まぐるしい日々にうんざり でも

(うつむかないで)

諦めないで

(get up, get up)

心細いとき、挫けそうなとき、ピンポイントでダイレクトに響いてくる即効薬みたいな歌詞、大変ありがたいです。まっすぐな歌詞が沁みるときって必ずあるものですよね。向こう10年このファイトに助けられそうです。

そしてサビです。

心を繋いで 響きあって

戻れない昨日には

なんでしょうかこの、合唱曲みたいな素敵なかわいらしいフレーズは。

そしてここで音階を外してくる(という表現であっているのでしょうか?)のがもうたまらないです。ロマンティックで、直前の合唱曲を吹っ飛ばす大人の魅力を感じます。(?)*5

愛しすぎて辛いぜ 辛いけどハッピー

最高です 君は最高です

2016年「メロディアス」にて、「好きすぎてつらい」と歌っていたミッチーさん。*6

「メロディアス」では、「好きすぎてつらい」以上には言及がありませんが、今回はステップアップして、「つらいけどハッピー」の境地に辿りついています……! いやはや、真理だと思います。そのハッピーを感じられることの幸せよ、と、思います。

生まれ変わっても

ふたりdance dance 新世界へ

来世でもヨロシク♡

(Yeah!)

さて最後にこちら。

現世利益だけでなく、抜かりなく、来世を約束されちゃってます。

この生にはそう遠くない未来必ず終わりが、死が訪れるけれども、そうしたら来世でも巡り会おう、そうすればいいじゃないかという、究極のポジティブメッセージだと思います。*7

 

さて、このくらいでしょうか。

たいへんです。夜が明けそうです。

遅筆に磨きがかかっていますが、これからまたリアペやらコメペやら小テストやら小レポートやら書かなければならないリハビリになった気がします。気になる本日の記録は、デデン、5600字。〆の言葉で5800です。今回もよく書きました。

 

それでは、またアルバムが発売になって繰り返し聴けるようになったら、あるいはライブでの演奏を聴いたら、また加筆しに来るかもしれないし来ないかもしれません。新しい曲も、大好きな曲も、のんびり書きます。

 

 

ちゃお!

*1:Netflixにて3/24より配信されている『桜のような僕の恋人』に、有名カメラマン・澤井恭介役としてご出演されています。

*2:及川光博|ニューアルバム『気まぐれサーカス』4月27日発売 - TOWER RECORDS ONLINE

*3:ミッチーさんの情報解禁は専ら正午です。理由はあるのでしょうか。

*4:余談ですが、イープラスのアプリに中学の頃からお世話になりつづけているので、そちらのお気に入りアーティストに登録していたおかげでSPICEの記事が公開されたと同時に通知が来たというわけです。ありがたや。

*5:ここ、ニッチな話で申し訳ないのですが、「シンコペーテッド・クロック」という曲の盛り上がり部分に出てくる♪ソソ#ラレラーファレ〜ソー(そう覚えているけどたぶん本当の音階とは違う)っていうフレーズを思い出しました。なぜかって小学校のころ吹奏楽トロンボーンをやっていたのですが、なかなか活躍できないトロンボーンの珍しき聴かせパートだったんです。一瞬だけれど。ちょっとドキッとするような部分だって言ってたんだったかなあ、記憶は曖昧ですが、大切に吹いていました。

ちなみにあの、イオン系列でおなじみのやつです。この試聴の、なぜこの切り方をしているのかわからないけどちょうど頭のところです。

シンコペーテッド・クロック

シンコペーテッド・クロック

 

*6:それを踏まえると表記はひらがなな気もしてきました。男はつらいよだし。(?)

*7:さすが哲学を学ばれた御方。

8. シャンデリア・ラブ

こんにちは、ヴェルデです。

 

連投3本目。アホですね。なんとかここまでは頑張ります。

 

さて、前回前々回と、「君のことを支えたい」恋愛を共通して描いた2曲を選びましたが、今回は、恋愛は恋愛でも「叶わぬ恋」というやつです。

 

シャンデリア・ラブ/及川光博

シャンデリア・ラブ

シャンデリア・ラブ

LINE MUSIC

 

ちょうど1番Aメロの歌詞で説明してくれているので、そのままひっぱってきちゃいます。

四六時中 君のことしか考えられない ヤバイですか?僕は
グラビアの中で微笑むアイドルの君に恋しちゃったのさ

ということです。

今でいうところの、リアコ/ガチ恋というやつですね。ただし、これらは現在主に男性アイドル(及びそれに似たような存在)に恋する女の子に対する呼称であると思われますが、この曲はアイドルの女の子に恋しちゃった、雰囲気的に見ておそらく思春期の男の子が主人公です。

 

ちなみに、「アイドル」という単語が出てきているだけでなく、この曲は曲調としても「アイドル路線」です。

ミッチーさんの曲には定期的にはっきりとアイドル路線の曲が含まれているのですが(初期においては花椿蘭丸くん名義で……)、簡単な見分け方として、ライブのときの振り付けにある特定の動きが含まれているということに先日気が付きました。

ズバリ、「両腕を手グーにして胸あたりで折り曲げて前後に振りながら右に2つ、左に2つ、とステップを踏む動き」です!

……すみません後日正式名称がわかったら直しておきます本当にごめんなさい。

この動きがある曲≒アイドル路線の曲、といえそうです。

 

そんなこちらの曲ですが、作曲は加藤ひさしさんという方で、Wikiによると、作詞では矢沢永吉さんに、作曲では小泉キョンキョンや沢田ジュリーにも楽曲提供されているようです。アイドルだー! しかしお前は何歳だ。あ、五七五。……すいません黙ります。

メロディも音遣いもアイドルっぽいかわいらしい感じではないでしょうか。いや、ギターはジャキジャキオーバードライブがかかっている、ロックな音なのですが。あとは宇宙っぽい感じでもあります。シンセの音色やSEやボイス加工ですね。もしかしたら流行だったのかもしれない。

で、曲も歌詞もかわいらしいのに歌い方はそこまでかわいらしくはなくて、結構いつものミッチーの歌い方(とくにサビ)、というギャップもなかなか面白いです。*1

 

では今回も歌詞を見ていきます。

最初で最後のキスでかまわない

いつの日かエンジェル
君とシャンデリア・ラブ

キラキラに光って アハハン

1番のサビです。

切実な願望です。

実は私、「シャンデリア・ラブ」ってどういうことを表現しているのかまだちゃんと理解できていないのですが、それでもこのサビの怒涛の横文字の並びや口に出したときの響きがもつキラキラ感はたまらないです。

どうしようもないほどつのる片思い

壊れかけマイハート

僕のシャンデリアガール

夢ならいつだって会えるのに

つづき、サビの後半は、キラキラ感から切なさ・つらさに変わります。

クラスメイトのあの子ならまだしも、アイドルとなると、なかなかどうにもできないですよね。ところで、夢ならいつだって会えるのは地味にすごくないか、とか思っちゃいます。私もミッチーさんともっと夢で会いたいです。

君のこと僕は知ってる

けれども君は僕のことを知らない

それでもいい それでもいいさ

見つめあうポスター また書くよファンレター

そして間奏を経て2番に入ります。

切ないですね。でもめちゃくちゃ健気です。健気にファンとしてできる精一杯を遂行しています。凄いです。しつこく付きまとったりしないのですから。*2壊れかけでも強いハートだと思います。

どうして君のそばに行けないんだろう

愛しのエンジェル

ずっとシャンデリア・ラブ

神様に祈って アハハン

どうして誰かを好きになるんだろう

ボロボロのマイハート

僕のシャンデリアガール

初めから わかっちゃいたけれど

2サビを全部載せちゃいましたすみません。

2サビまでくるとなんともう哲学の域に入りました。かなり拗らせています。もうボロボロなんです。それでも好きなのはやめられないんですね。

(僕ハ君ヲ見テル イツモ君ヲ見テル)
(僕ハ君ニ夢中・・・ムチュッチュー)

そして突然宇宙人になります。何故だ。

何故かはわかりませんが、全体として見るとこの曲の大事な一要素ではあります。

最後にムチュッチューになっちゃうところが最高に思春期の男の子っぽいな、と私は感じます。なんというか、きっと日々がこんな感じなのでしょうね……。

 

そしてたのしいたのしい間奏がもう一度挟まりまして、やはりこの曲でもサビ繰り返し、しかも1サビ2サビと2回も繰り返して、かと思えば簡素な「ジャン!」の一音でぴたっと終わっちゃいます。

 

間奏のフレーズが計3回出てきまして、同じ振り付けなのですが、〈左手を上から振り下ろして・クラップ・もう一度振り下ろして・クラップクラップ、そこにプラス足のステップ〉というワンエイト(2小節)を繰り返す、というものです。これが、慣れるまでは結構難しいのですが、一度できるようになるととっても楽しいのです。

この振り付けが合間合間に挟まってきて、合間合間に楽しい思いをするという感覚が、この曲の主人公くんの、アイドルを夢中で応援しているときは楽しくて、でもそれ以外のときが切なくてつらくて、という感情とリンクしているのではないかな、と私は考えます。

また終わり方も、「パンッ!」と妄想のバブルが弾けるように、「パチン!」と夢から醒めるように、そんな風に感じられます。「現実を見なさい」と言われてふと我に返った瞬間なのか、はたまた本当にハッとしてとうとう恋に諦めがついたのか、どちらに捉えても切なさが残ります。*3

とてもとてもよくできています。

 

これはいつか生で味わいたいと強く思います。アイドル曲、やってくださるかなあ。

 

 

ちょーっと制限時間オーバーしてしまったのですが、はたして大目に見てもらえるのでしょうか……。

用意してた曲があともう2曲あるのですが、成績対象にはならなくてもそのうちちゃんと中身書いて上げられたらいいなと思います。……やりなよ私?

 

それでは、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。またそのうち……。

 

そして授業のみなさん、もう見てないかもしれないけどね、4ヶ月間もお付き合い頂きありがとうございました! お疲れ様でした!

 

ちゃお!

*1:アイドルの声になるようにボイスチェンジャを使用していた花椿蘭丸くん時代との大きな違いですね。

*2:後に想い人をストーカーする曲も爆誕するのですが、それはまた別の話。

*3:ちなみにライブ映像では、ジャン! のあともうまいこと繋げていい感じに盛り上がったところで終わっていました。ライブでジャン! 終了! は流石に厳しいですからね。味気なさすぎます。物足りないです。見てるほうも、おそらくやるほうも。

7. 抱き枕

こんにちは、ヴェルデです。

 

本当は10までは上げたいのですが(曲はもう選んであります)、時間的に厳しいですかね……。(涙)

 

 

さて今回は、もうすぐ最新(ベスト盤除く)じゃなくなるアルバム『BE MY ONE』から、愛のバラードを選ばせていただきます。

※発売日は未定ですが、今春、ニューアルバムがリリースされるようです! やったぁ!

 

抱き枕/及川光博

抱き枕

抱き枕

LINE MUSIC

 

というのも、この曲、前回取り上げました「ラヴソング」の2020年版だって勝手に思っているからです。いや、本当、この2曲には血の繋がりがあると思います。

 

先に音楽的なほうからアプローチしましょう。あ、この曲は及川光博作詞作曲です。

まさかのサンバだった「ラヴソング」とは違って、こちらは王道ピアノバラードです。

1番のサビが終わるまではピアノ以外の一切の楽器は鳴りません。サビの終わりと同時にドラム、ベース、ギターと入ってきてバンド体制になります。ストリングスやグロッケンも鳴ります。スケールが増し、またピアノがリズムを取らなくてよくなった分よく動いてエモーショナルです。

ドラムのゆったり重めなフィルインを筆頭にぐわっと盛り上がる、というのが、2サビ・その後の間奏と2段階訪れ、その間奏ギターソロが終わると、ピアノとストリングスの上にボーカルのみの静かなサビ、所謂“落ちサビ”へ。再びドラムとベースが四分音符でずっしりと盛り上げて、壮大なラスサビにつながっていきます。

そして最後にはまたピアノのみに戻って、落ち着いて静かに終わりを迎える、という構成になっています。

ライブでは最後のピアノの右手の旋律がオクターブ上にアレンジされて*1、また最後はたっぷりと余韻を待って、ミッチーさん自らの手がスネアのシャララ、を引き出して演奏が止まります。

素敵な余韻が充満して、お客さんの拍手が深くお辞儀をするミッチーさんを包む。私の、そしてまたおそらく多くのベイベーさんたちの好きな時間です。

*2

 

さて次に歌詞です。

一緒に歩いて行こう 一緒に生きよう

どのみち 一人では 誰も生きられない

サビ頭です。ここまでは、やはり王道なラブソング、あるいはプロポーズの言葉のようにも見えます。

しかしこの次です。

君が身をゆだねる ソファーになりたい

ぐっすり眠れる 抱き枕になりたい

君が涙を拭く ハンドタオルになりたい

迷子にならぬように カーナビになりたい

上が1番、下は2番です。

お気づきですね……!?

でました、「ラヴソング」と同じ、擬物法です!! ……すみません落ち着きます。

「ラヴソング」では「なる」と言い切っていましたが、この「抱き枕」では少し落ち着いて「なりたい」という願い、いやでもやはり「なりたい(ならせておくれよ)」という強い想いも感じます。

そしてまたチョイスが秀逸です。嫉妬の涙を(以下略)。特にカーナビなんてよく思いつきましたね本当に。

抱き枕というタイトルの意味がサビで明らかになるわけですね。僕の抱き枕にしたいんじゃありません。君の抱き枕になりたいんです。やっぱり、君のことを支えたい、という愛の形、だけれども、今回はそれだけではありません。

オリジナルソングじゃ 気まずくなるから

ひとこと “そばにいてほしい”

2サビの終わりです。

今度こそちゃんと言葉にしました。やっぱり、そばにいてほしいんです。(ちなみに1番では“そばにいるから”なのですが、2番になって自分の願いも吐露している、ということですね。)*3

そして今気づいたのですが、「オリジナルソング」って……! やっぱり「ラヴソング」を意識されているではありませんか。大人になった彼は、歌を届けるのではなく、ひとことだけ想いを告げることにしたようです。嗚呼素敵。

 

また、サビ以外の部分も、セリフを語りかけてくれているみたいな歌詞でして、疲れた心に効く(聴く)即効薬のようなものになっているかと思います。

共通テストの帰り道に聴いたのは忘れられない思い出になりそうです。沁みた……。

 

ちなみにこの曲もやはり最後のサビは1サビと同じ歌詞の繰り返しになっています。私の仮説が正しいと証明される日は来るのでしょうか。なんかの機会に自分で聞いてみればいいじゃない。

 

 

私にしてはあっさり目ですがちょうどいいでしょう。時間もないですし。

書き忘れていたことがあったらそのうちこっそり付け足しておくかもしれません。

 

もう1本くらいはいけるかな……!?

 

ちゃお!

*1:それもどうやらツアー途中からだったようです。

*2:ライブ関連でもうひとつ付け加えるなら、踊ったりしないでじっと座って聴いている分、照明の演出だったりもじっくり味わえるなと感じました。八王子公演、ピンスポがまっすぐ差しているのが光の道のように見えて、儚くも美しくてとっても感動したのを覚えています。いや、このまま天へ連れて行ってしまわないで、と焦った、のほうが正しいかも……。

*3:ちなみにここに関しても、ライブにて、メモによると渋谷公演の1日目、すなわちモラリティーの日(デビュー日)のことですね、本来は“そばにいるから”である最後のサビの歌詞を、“そばにいてほしい”と歌ったではありませんか。これはおそらくはシンプルに歌詞間違いをした、のだろうと推測しますが、しかしこう、切実な本心のように私には思えました。

ミッチーではない彼のそばには、誰かがいるのでしょうか。誰もいないのでしょうか。ひとりで生きているのだとしたら、どんなに切ないことか。……けれども、彼にはベイベーたちがいる、だから大丈夫なんだと公演終盤にひとりでに納得しました。オタク失礼しました。

6. ラヴソング

こんにちは、ヴェルデです。

 

期末の追い込みで連投します。アホっぽいですね。アホなので仕方ないです。

 

突然ですが、ミッチーさんは1996年のデビューからほぼ毎年アルバムを出しており*1、リリースはかなりの曲数があります。

ただ、レーベルを割と頻繁に移籍されている*2関係で、全てがサブスクにあるわけではないということもあって、私もまだまだすべては聴ききれていません。

 

そして、ほとんどの曲の作詞は、ミッチーさんが自ら手がけています。

作曲も多くの曲(特に初期のもの?)でされているのですが、作詞に比べると作曲のほうは作曲家さんが担当している割合が大きいです。

つまりは、及川光博の曲を及川光博の曲たらしめているのは、本人により描かれる「詞世界」である、といえましょう。

 

そんな及川光博楽曲の中で、特別多いテーマ、モティーフがあるのですが、それはいったいなんだと思いますか?

 

 

 

正解は、ズバリ「愛」です。

 

愛といっても友愛や敬愛やさまざまありますが、彼の曲で語られるのは専らオーソドックスな恋愛の愛です。

 

 

ということで、今回から数回、いろいろな愛が描かれている楽曲を集めてきて見ていこうと思います。書けるだけ書きます。

 

 

まず初回は、迷いましたが、「ラヴソング」とド直球に銘打たれているこちらの曲でいきたいと思います。

 

ラヴソング/及川光博

ラヴソング

ラヴソング

LINE MUSIC

 

この曲、タイトルこそド直球ですが、実は歌詞を見ていくとむしろ「婉曲」の極みなのです。

そこがただのラブソングではない彼の独自性であり、私の大好きなところであり、そしてミッチーがアイドルではない所以でもあるかもしれません。*3

 

さてこちら、中期(?)ミッチーさんの貴重なシングルです。*4

作詞はもちろんミッチーさん、作曲は深沼元昭さんという方です。この方の作曲はなかなか個人的にツボで深沼さんのソロプロジェクトのほうにゲストボーカルでミッチーさんが参加している曲が1曲あって*5それがまあ素晴らしくてつい最近知ったばかりではあるけれどハマりかけてる、というのはまた別の話。

信頼関係のあるお二人のようなので(この時期の制作に大きく関わっていらっしゃったことがクレジットから見て取れます。)、詞曲のマッチングは言うことなしです。

 

音遣いもなかなか個性的で、私の耳ではタンボリンに聴こえるのですが、普通のポップスやロックとはちょっと違った打楽器の音がよく目立ちます。タンボリンというのはブラジルのサンバに使われる楽器でして、他にもサンバチックな音がいくつか聴こえる気がします。マツケンサンバがサンバじゃないのはそろそろ周知の事実になってきたかと思いますが、リオのカーニバル、あちらを思い浮かべまして、リオのカーニバルみたいなラヴソング、というのはなかなか奇抜なセンスではないでしょうか。

あと個人的な好みで大変恐縮ですが随所に散りばめられた16分音符のチキチキチキチキ(クローズドハイハット?)がたまらないです。

 

それではお待たせいたしました、歌詞のほうを見ていきましょう。

全文引用して逐一ああだこうだ言いたい気持ちをぐっと抑えてポイントを抜き出していきたいと思います。

 

僕が君を照らす光になる

君を包むコートになる

笑うなよBaby もう決めたんだ

サビ冒頭です。

愛してるでもそばにいてでもありません。

――洒落たプロポーズ、いや文豪の書簡でしょうか?

擬人法ならぬ擬物法をサビ頭にもってこれるセンスは只者ではないと思うのは惚れた欲目でしょうか。

そして、君のことを支えたい、という愛の形。でも控えめなわけでは決してなく、とっても情熱的です。

絶対に“出会わなきゃよかった”なんて

言わせない…言わせるもんか

降りつもる雪が 溶けてしまうほど

熱いキスを交わそう

もう恋なんてしないなんて〜言わないよ絶対〜♪並みにややこしいですね。

「出会わなきゃよかった」なんてセリフ君には言わせないぞ僕は、というわけです。

どういう想定だよ、と思いますけれどもね、よく歌詞を読んでみると、この僕と君はおそらくフラれた者どうしだということがわかるので、他の奴が君に吐かせたセリフだったのかもしれません。

「僕にしとけよ」なんてことは言わないんです、言わないんですが、言わずに言ってるんです。直接的に言うよりもずしんと重たいのが不思議なものです。

そしてサビの締めはやっとストレートに、でもやっぱり比喩を使って、ロマンチックに落としています。*6

 

そして2番ではロマンチックが加速していきます。

未完成な僕と未完成な君なのさ

傷ついた恋も一度や二度じゃないのさ

 

ギザギザの心はきっと

歯車のようにかみあってゆく

そして動き出す未来

傷ついた者どうしが惹かれ合うのは心が歯車のようにかみあうからだと。発想力の勝利です。それに比喩の引き出しの多さったら。釜爺か。

歯車→動き出すを連想して、「未来」という言葉につなげるというのも文章として美しすぎて嫉妬の涙を流さざるを得ません。文学部出身ですか? いいえ法学部です。

 

少し飛ばしまして(泣く泣くですよ)2番の終わり。

お伽噺のような「永遠」はないけれど

続いてゆく物語

ここ。「永遠」はない、という当たり前の現実を、解って言い切って受け入れています。口先で永遠を誓ったりはしないんです。だからこそ真摯な想いが伝わってきます。

最後の「物語」はストーリーと読ませます。2音節で5文字分、歌として少ない音数でより多くの意味を与えるというコスパは大事です。

これは「お伽噺」に対応しているわけですね。とってもロジカルな詞です。

 

そして曲調も落ち着くCメロ。

言葉だけじゃ君を守れない

今はただ 届けたいこのラヴソング

これだけ素敵に言葉を尽くしてきたのに、言葉だけじゃ守れない、ですって!? ……すみません落ち着きます。

確かに、いくら素敵な言葉を紡いだところで内実が伴うとは限りませんよね。

そのこともやはり解った上で、それでも今できることは、このラヴソングを届けること、だから歌うのだと、私はそう行間を埋めてみます。歌詞の主人公と実際に目の前でこの歌を歌ってくれるミッチーさんとが重なりあう瞬間でもあると思います。最後のサビに入る直前のことです。

 

そのまま最後にもういちど1サビの歌詞を繰り返し、鳴き喚くかのようなギターソロの流れ着いた先で曲は終わります。(終わり方の滑らかさが好きです。)

 

ミッチーさんの作詞、ほとんどが1サビの歌詞を最後に繰り返すという形になっています。*7これは、伝えたい思いはやっぱり1サビにガツンと置かれている、ということなのではないかなと私は思っています。いや、歌詞が覚えられないからかも知れませんけども……でも……。

 

終わりに、冒頭で述べた、アイドルではない所以、の部分を軽く説明させていただいてゴールしたいと思います。

 

私が思うに、アイドルというのはやはり夢を与える仕事、明るい面、キラキラした部分をこそ打ち出していくものではないでしょうか。……最近でこそアイドルを名乗るダークな世界観の人々もいるのはわかっていますが。

そう考えたときに、及川光博楽曲の世界観としては、切ないとか、思うようにいかないとか、そういう明るいだけではない部分が濃く影を落としている*8、そこが彼をアイドルと呼ぶのに違和をおぼえる点なのではないかなと、私は思いました。

もちろん、別にそうではない曲だっていくつもあるのですが。そればかりではない、それがメインなわけではない、と私は捉えているのです。「キラキラしよう☆」は確かにミッチーの大きな要素であり、パブリックイメージでもあります、でも、それだけじゃダメだってことを本人が強く認識しているのかもしれません。そうだといいな素敵だなと勝手に思っておきます。

 

 

目標範囲内には収まったかなという感じです。少しでも興味が湧いてくださった方は、文学として一度歌詞を読んでみていただけたらうれしいことこの上ないです。

お付き合い頂きありがとうございました。

 

ちゃお!

*1:シングルやベスト盤等も合わせると毎年必ず何かしらリリースされています。DISCOGRAPHY|及川光博 オフィシャルサイト

*2:東芝EMIワーナーミュージック・ジャパン→TRICKSTAR RECORDS/喝采(キングレコード?)/同時期に一部ランティス→(1枚だけMastard Records→)ビクターエンタテインメント、かと思われます(私調べ)。

*3:前回の記事でツッコミいただいたアイドルの定義について、あれからずっと考えていましたが、その回答もこちらに織り込めればと思います。

*4:翌年にアルバムにも収録されています。LINE MUSICのほうはせっかくなのでアルバムからもってきました。が、特に差はありません。

なぜ貴重かというと、初期のミッチーはレコード会社の方針でシングルをバンバン打ったとのことでしたが(ライブのMCより)、その後はシングルよりもアルバムのリリースがメインとなっており、ワーナーからはこの1枚のみ、また最新のシングルも2015年のものです。

*5:こちらです。

Folly-@Cote d’Azur

Folly-@Cote d’Azur

*6:ちなみに、先日見た過去のライブ(2003年「うたかた。」)のDVDでは、「降りつもる雪が〜」の歌詞を「過ぎてゆく時を止めてしまうほど」に変更して歌ってらっしゃいました。おそらく、冬過ぎて春来るらし4月の公演だったからと思われます。その前の「コート」も「風」にしていました。君を包む風になる、なるほど素敵です。

*7:もしくは1サビ+2サビ。一般的なJ-POPの形式だと言われればそれまでですが、それにしても少し歌詞を変えたりすることもなく(あるいは3番の歌詞を作るでもなく)そのまま同じであることが多い、ということも鑑みまして……

*8:この曲であれば、幾度も傷心した者が、諦観を滲ませながらも前に進んでいこうとしている、という、一筋縄ではいっていないというところです。

【お題編】及川光博の世界 ――「歌とダンス」というエンターテインメント

特別お題「わたしの推し

 

こんにちは、ヴェルデです。

 

わたしの推し(スター)。

まさに書き初めにふさわしいお題だ! と昨年末見たときに思いました。もう〆切日当日ですがなんとか完成させる所存です。

え? 昨日のは? ……昨日のは半分くらい昨年末に書いていたものなので、これが書き初めということにしておいてください。

 

それでは早速本題に参りましょう。

 

卒論と同じで、あまりテーマが大きすぎるとやり切れないと思うので、表題の通り、タイトルを先に決めてしまいまして、つまりは「私がライブで見るミッチー」に絞って、語らせていただきます。

 

「歌って踊る」といって、真っ先に思い浮かぶのは、いわゆるアイドルという人たちではないかと思います。

男性アイドルも女性アイドルも、歌って踊る人たちは多いですね。

及川光博さん(以下、表現したいことの都合上「ミッチー」とさせていただきます)も、歌って踊ります。

しかし、アイドルかというと、そうではありません。(ある意味アイドルだと言う人もいるかもしれませんが……個人的にはそうは思いません。)

 

だけれども、彼の「ワンマンショー」では、歌を歌うとともに、音楽に合わせて踊ることも、きわめて大事な要素になっているのです。

 

それはなぜなのか。

 

私が思うに、「ダンス」というのは、音楽をより楽しむための手段であり、エンターテインメントとしてワンランク上にいける、さらにはそこにいるみんなをひとつにしてしまう、魔法のようなものなのではないでしょうか。

 

忘れてはならないのが、踊るのはミッチーだけではない、ということ。

ステージ上では、ダンサーズが主に2人、そしてコーラスのお姉さん、と4人でフォーメーションをつくっていることが多いですが*1、そういうことではありません。

 

ミッチーだけではなく、お客さんの私たちも、踊るのです。そこがポイントです。

ミッチーが踊る、真似して私たちも踊る。この作業だけでも、ライブを会場で観ることの意味、「参加する」ということを、わかりやすい形で果たすことができます。

それだけではなく、私も、隣の人も、自分の前に見える人たちも、死角にいるであろう人たちも、みんな同じように踊っている、という状況になるのです。(念のため、踊ることは義務ではないのですが、踊っている人が圧倒的に多いので、見た目としてそういう状況になります。)

そうするとあら不思議、「心がひとつになる」感覚を簡単に味わうことができます。

しっかりした振り付けでなくても、音楽に合わせ、ミッチーの言うところの「グルーヴに身を委ね」、身体を揺らしている、それだけのことでも、演者もお客さんも、会場全体がひとつになっているように感じられるのです。

MCでの言葉をお借りしまして、

みんなミッチーを見に来てるんだもんね?

そう、そうです。及川光博ワンマンショーにおいては、全員がミッチーを見るためにやって来ているのです、当たり前ですが。

でもそれって、つまり、味方しかいないし、みんなが同じ目的をもって同じ場所にいるということで、なるほどはじめから心はひとつになっていたのだともいえます。

同じものを見て、同じものを聴いて、同じ動きをしている私たちはそれはもう「同じもの」というわけです。

 

ただ演奏されている音楽を聴くというだけなら、CDやDVD、もっと言えばスマホひとつで事足りてしまうわけです。今は音源でも、ヘッドホンやスピーカーによってとても臨場感を味わえますからね。

しかし、ライブに足を運んで音楽を楽しむこと、その、生音・生演奏であるということ以上の価値、それこそが「参加する」ことであり、ミッチーのワンマンショーにおいて最大限に大切にされているものなのではないかと、私は考えます。

 

「歌」だけではない、「歌とダンス」による魔法がかかったワンマンショー、それが、私の大好きな、愛してやまない、及川光博の世界です。

 

 

 

及川光博の世界 [DVD]

……実は、「及川光博の世界」は、マツコ・デラックスの某番組をもじったもの、ではなく、及川光博さんのMV集のタイトルからお借りしました。ちなみに、内容は、かなりぶっ飛んでます。まさに、ワールド全開ってやつです。

 

ちなみにこのマークは、ミッチーのシンボルマーク的なもので、「二律背反マーク」という名前がついています。詳しい由来までは私は聞いたことがないのですが、グッズにあしらわれていたり、アルバムやツアーのタイトルロゴに組み込まれていたり、ライブ中にミッチーの背後頭上で煌々とかがやいていたり、公式サイトやツイッターのアイコン、ファンクラブの郵便物の封筒にまで、いたるところに存在するので、このマークを見るだけでも「ベイベー」である自覚というか、それこそ仲間意識みたいなものを個人的には感じます。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

ちゃお!

*1:さらに、ホーン隊など演奏陣もけっこう踊ってらっしゃいます

5. 死んでもいい

こんにちは、ヴェルデです。

 

サボりすぎました。

いくつかの単位を見送る覚悟を決め、部活とアルバイトに精を出していた、ということにしておいていただければと思います。大学生ですね。

 

久しぶりのブログは何を書いたらいいんだろうという感じですが、ベイベー*1的にはビッグイベントがありましたので、そちらに関連した選曲にしようと思います。

※実は昨年末に書いて上げようとしていたものなので、言い回しを修正はしたものの、前提が「これからやる感」になっているところがあると思います、ご了承ください……

 

2021年12月31日・大晦日年忘れスペシャルライヴ2021「ゆくミッチーくるミッチー」が開催されました。

本来はカウントダウン公演として毎年行っていたそうなのですが、某ウィルスの影響により一昨年からは年をまたがないスタイルでの開催となっております。

2020年は収容率50%で30日と31日の2days公演だったのですが、2021年はなんと収容率100%で、大晦日のみの公演となりました。

100%、とはいえ、当日券も出ていたので、満員御礼になったわけではなさそうなのですが、この100%、観客にとっては大きな差があります。

つまりは、両隣に人がいる、ということです。

最近では私たち、授業を受けるのにもご飯を食べるのにも1席空きが当たり前になってしまいましたが、今回のライブ、久々に両隣に人がいる状態で楽しむことになったわけです。

一昨年のゆくくる*2、及び昨年のツアーでは、1席空きだとのびのび踊れてこれはこれでいいね、なんてポジティブシンキングだったベイベーたちですが、元通りのみっちり客席になり、ある懸念が浮かび上がります。

ズバリ、「お隣さん殴ってしまう事件」の発生です。

そのまんまです。ノリノリに楽しく踊っていると、グーパンやら平手打ちやら肘鉄やらラリアットやらの攻撃を繰り出してしまいかねません。

……とはいえ、訓練されたベイベーさんたちなら、誰も傷つけずに座席の範囲でコンパクトに踊る技術を身につけておられます。

しかし、私は違います。

私は、このご時世になってからの、ひろびろとした客席しか知らないのです……。

加えて熟練のベイベーさん方をも慎重にさせていたのが、光るタンバリンを手にしている点。そんなに大きいものではありませんが、プラスチックで硬いですし、ちょうど形状的にもメリケンサック的な役割を果たしてしまいかねません。

 

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参考画像

 

というわけで、私のような新参ベイベーも、ベテランベイベーさんも、この収容率100%にはドキドキしていたのではないかと思います。

 

とくに、この曲。

 

死んでもいい/花椿蘭丸*3

LINE MUSIC

死んでもいい

死んでもいい

  • provided courtesy of iTunes

 

この曲、実はタンバリンこそ使わないものの、とっても大切な「振るもの」がありまして、また1曲通してしっかりと振りがついているので、大きく動きたくなるというわけです。

 

そしてなんと、「必ずやる曲」なのです。

どのアーティストさんでも、定番曲とか十八番とか、そういった曲はあるものですが、毎回必ずやることが確実な曲、となるとちょっと珍しいのではないかと思います。

この「死んでもいい」は、ツアーでも単発のライブでも、ときには「テイクマイハート」と姿を変えてでも*4、必ずやるのです。

だからこそ、イメトレやコソ練もできるのですが。

 

 

……結果としては「袖振り合うも多生の縁」でした。

いや、「ポンポン振り合うも多生の縁」のほうが正しいでしょうか。

 

そうです、「振るもの」とは「ポンポン」です。

チアリーディングで使うあのポンポンです。

 

近年のツアーでは公式にグッズとして販売されていて*5、メタリックテープ製の立派なポンポンが会場に咲き誇るのですが、手作り派の方々もいらして、昔なつかしすずらんテープを割いてつくるもの、パーティーのときに天井やらに飾るキラキラモールを丸めて束ねてつくるもの、三者三様のポンポンがあります。*6

 

そんなわっさわっさしたポンポンを手に、チア風の振り付けを踊る、しかもおそらくライブ終盤の気持ちが盛り上がっているとき……と考えると私はそれはもうドキドキでした。

ご時世でもそうじゃなくても腕が体がぶつかるのは気分のいいものではないだろう、でも、セーブしすぎて楽しめないのも困るし、そのあたりうまくやれる自信が、ない。

あ、ちなみに私はモールで自作しました。テーマカラーが白黒だったので、白いモールに黒いリボンを……ちょっと失敗しましたが。

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さてここから当日の話ですが、前述の通り「死んでもいい」はライブ後半にくることが多く、今回も休憩を挟んだ後、第2部の2曲目でした。

なんだかものすごくあっという間に休憩に入ったという体感で、呆然としかけていた私に、なんと、右隣のお姉様(年代等はご想像にお任せします)が、話しかけてくださったではありませんか!

聞くと、「テンション上がってぶつかっちゃったかもしれないと思って、ごめんなさい」とのことで。

記憶としては、確かに一度軽く接触したかもしれなかったけれど、おそらく、私がちょっと動きすぎたのではなかったかと思い、全然大丈夫です、私こそごめんなさい大丈夫でしたかという感じに返しました。収容率戻ってから初なんですと言い訳も添えて。

 

ご歓談、おしゃべりはご時世柄推奨されていないどころかどちらかといえば禁止だったので、ほんの数言のやり取りでしたが、それでも私はなんだかとてもうれしかったです。*7

 

そして、気づきました。

お互い様だし。楽しんでるから気にならないし。私がそう思ってるように向こうもそう思ってるんだ。

……もちろん、みんながみんなそうではなくて、中には心無いことを言う人もいるらしいことをツイッターでは見たのですが、でもほとんどのベイベー男子は、このお隣さん、そして紛れもない私自身と同じなのだと確信しました。

 

“死んでもいい”なんて思えちゃうくらいの

トキメキをボクに下さい 明日とひきかえに

夜空高く 舞い上がる恋心は

どんなドラッグもかなわない

感情最優先 今なら

恋心ではなくて、オタク心ですが。

こんな歌詞に心から同意しながら元気よくポンポンを振っているのです。

もはや些細なことを気にしている場合ではありません。

だからといってバシバシぶつかろう! とかそういうことでは断じてありませんが、気にして不安になることなんてなかったというわけです。もしぶつかっちゃったとしても、わざとじゃないなら、後で謝ればいいんです。

 

ライブというのは1対1で思うまま鑑賞するものではなくて、演者もお客さんもみんなで「参加する」ものであって、みんなで楽しむためにはマナーや礼儀はもちろん不可欠ですが、それ以上にその場に居合わせるみんな「仲間」なのだと、強く感じました。

 

もはや曲のことをまったく書いていないような気もしますが、往年の名曲に新参の私が下手にちょっかい出しても微妙なだけでしょうし、今回はこれで良しとしようではありませんか。

本数稼ぎとしても本気の楽曲アナライズを連投したい気持ちもあります。

 

ちゃお!

*1:おさらい:ミッチーこと及川光博さんのファンはベイベー&男子と呼ばれます

*2:ゆくミッチーくるミッチー、略してゆくくるです。ベイベーはもちろん、本人も使っていたような気が……いや、確証はないですすみません。

*3:及川光博です。及川光博扮する花椿蘭丸くんです。噂に聞いているだけなのですが、昔はいろいろなキャラクターが、こう、わかりやすく言うと多重人格のように、たくさん存在していたらしいです。そのうちの1人です。

*4:「死んでもいい」というタイトルではあっても、内容としては特に不謹慎でもないのですが、震災やコロナ禍など、「死んだらシャレにならない」というときに、ミッチーさんのご配慮でサビの歌詞及び曲名を変更して歌われるのが、「テイクマイハート」です。元ネタになっているのはこの曲が収録された1stアルバムで、「死んでもいい」の1つ前に入っている寸劇(a.k.a.スネークマンショー)的なトラック「テイク・マイ・ハート」の内容を踏まえたものなのです。一度聞いてみてほしい、に尽きるのですが、説明のため簡潔に書くとすれば、新人歌手の花椿蘭丸くんと敏腕(?)プロデューサー(まあ、実はどちらもミッチーさんなのですが……)の会話になっていて、蘭丸くんの新曲「死んでもいい」にPがダメ出しをして、歌詞を「テイク マイ ハート」に変えたらどうか、演出はこうこうで……と、つまるところ蘭丸くんの思い描いていたようにはやらせてもらえない、という感じです。業界のリアル、あるあるなのかもしれないな、とか、本人の当時の心境・状況を示してもいるのかも、とか、なかなか示唆に富む内容です。

*5:この「死んでもいい」1曲のためだけにです。この曲以外では一切使わないのに、です。でも、あるとないとでは満足感が全然違いますので買うなり作るなりするべきだと私は思います。でも素手派の人もいます。

*6:とくにゆくくるの場合、グッズとしての販売が流石にないので(だってマジで1回しか使わない)、大まかに自作派/過去のツアーのポンポンを使う派に分かれるようです。また以前はスタンディングのライブハウスでやっていたので、そのときは手のひらに収まるコンパクトサイズが求められていた名残で、そのサイズ感で自作、という方が多いようです。

*7:ひとりだけどひとりじゃないんだな、と。本人よく仰ってるのですが、ベイベー男子とミッチーさんと、心をひとつにしてライブに参加しているのだなと、あらためて感じることができました。

4. ミス・アバンチュール

こんにちは、ヴェルデです。

 

大変お久しぶりです。(汗)

前回の記事を書き終えて、またご講評をいただいて、ひとつ思い出したことがあります。

そういえば私、一気に書き上げないとダメなタイプでした。

文芸部で小説を書いていたときも、時間をかけた作品よりも大部分をガーッと仕上げた作品のほうが評判がよかったりしたものです。構想自体は時間をかけて練ったほうがいいんですけどね。忘れっぽいというのもあるかもしれません。とにかく前回の記事はずーっと長いこと下書きに居座っていて、ちまちま書いていたので、内容もブレッブレでいまいち掴みどころのない記事になってしまったのではないかと分析しました。

ということで今回は反省を活かして、コスパのいい記事を書こう! という裏テーマでいきます。裏テーマを最初に言っちゃうな。

 

そうです、注釈の使い方についても、前回の記事では「ひょっとして重要なことはなるべく本文中に収めるべきなのでは?」と思い立ち、補足的なお話もくだらないオタクの言もどちらも注釈に突っ込んでしまっていたのですが、やっぱりそれはよくないなと思ったので

・そこそこ大事だけど本筋から離れてしまう話を注釈に

・オタクが溢れ出てしまったときは本文中に目立たない形で

書くことに致します。このように。

ちなみに、すでにご存知かとも思いますが、はてなブログの仕様として、色のついている注釈番号をぽちっと押していただくと注釈に飛ぶことができます。飛んだ先でもう一度押すと本文のその箇所に戻ってくることができます。ぜひご活用ください。

 

さてさて。突然ですが、ミッチーさんの常用フレーズに、こんなものがあります。

「情熱と冷静のあいだ」

今まで、元ネタがあるのだろうけど……と思いながらも調べずに享受していたのですが、軽く検索してみたところ、やっぱりしっかりありました、元ネタ。*1

それはそれとして、なかなか味わい深いフレーズであり、なかなか実現しようとすると難しいことなのではないかと思います。元ネタのコンテクストを配慮しないで捉えてしまっていますが、知らないなりの受け取り方として、我々ブログを書いている人種にとっては少なからず課題になってくるのではないでしょうか。情熱のまま書き付けることこそ、アイデンティティのもととなるけれども、整然としていないとうまく伝わらない、わかってもらえない。カギはバランス力なのでしょうか。私はあの一時期大流行したうねうねするスケボも、靴のかかとにローラーがついてるやつもできなかったので厳しいですね。*2

以上、情熱と冷静のあいだで、良い記事が書けるよう頑張っていきたいと思います、という話でした。

 

コンパクトにしたいといいつつこってり目の前置きをしてしまいましたが、ライブのMCでもインタビュー記事でも楽曲の歌詞でも、そこにミッチーさんの哲学・美学があって、ふとしたとき、ちょっとしたことから、わたしの生活に浸透してきているんだよ、というようなことがお伝えしたかったのでした。

 

ということで、本日は、生活の中でふとしたときに元気をくれる曲(私調べ・最近の話)を、できるだけサクッとご紹介したいと思います。

 

ミス・アバンチュール/及川光博

LINE MUSIC

ミス・アバンチュール

ミス・アバンチュール

  • provided courtesy of iTunes

 

独特なタイトルですね。

2001年発売のアルバム『聖域~サンクチュアリ~』*3に収録されています。曲順としては後ろから3番目の12曲目で、アルバムの終わりに近づいていく重要なポジションを担っているといえるでしょう。

 

「アバンチュール」はフランス語で、「冒険」の意から転じて「危険な恋愛、恋の火遊び」を表す言葉として日本では定着している、とのこと。(アバンチュールとは - コトバンクを参照)

「ミス」のほうはいわゆるミスコンと同じことだと解釈すると、つまり、「恋の火遊びをするのにもっともふさわしい女の子(それは君)」ということでしょうか。深みが増してきましたね。*4

もっといろいろ考えがいもありそうなのですが、今回は「生活の中で元気をくれる」というところにスポットを当てたいということで、このあたりにしておきましょう。

 

それでは、元気をくれるポイント(もうちょっと言い方)を3点ほど挙げますね。

 

その1、メロディ

その2、歌詞

その3、雰囲気

 

いや、全部やないかい。

 

ちょっとだけ細かくいきますね。

まずメロディですが、これは全体的にキャッチーで、特にサビはかなり覚えやすい部類に入るのではないでしょうか。ただ、譜割り(メロディーに対しての歌詞の付け方)は結構繊細で、詰め込まれ気味なので、歌詞を覚えて口ずさむのは意外に難易度が高かったりします。が、鼻歌ベースにふんふん歌いだしちゃうわけです。明るくて、楽しげで、だいぶ動きのあるメロディーなのでこれまたちゃんと音を当てて上手く歌うのは難しいのですが、そんなのはどうでもいいくらい鼻歌の気分にさせてくれます。(個人の感想です)

 

それを援護射撃しているのが、雰囲気、要は後ろで鳴っている賑やかな音たちです。全体的にSE(効果音)が散りばめられ、大活躍しているのです。サビ前にはDJのスクラッチ的なものが、何ともいえない感覚を味わわせてくれます。1番はすんなりサビに入るのですが、注目は2番以降。少しタメの時間がのびるのです。位置について、よーい、のところで焦らされているような気分に私はなります。その分サビの楽しさ、解放感もアップするというわけですね。また、一番の性癖ポイントは、ラスサビ前の、チェンバロ的な音です。一瞬なのですが結構強い印象を与えているのではないでしょうか。これが最後の盛り上がりに向けて一旦落ち着かせる効果とともに、焦らしをもう1ランク上げているように思います。

有名どころで同じようなことをやっているのは……と考えた結果、ちょっと引き出しが少なくてどうしようもないのですが、嵐の「A・RA・SHI」といったところかなと思い至りました。サビ前に間をつくる、よくある手段なのでしょうか。(そこを調べろ)

 

そしてやっぱり大事なのが歌詞です。

きっと きっと イケナイことだね

誰かを傷つけて手に入れた

シアワセはすぐに失くなる

 

そっと そっと君はささやくけれど

シアワセの量に限りはないさ

失うこと 怖れなければ

2番Aメロの歌詞に命懸けてる、みたいなことをご本人仰っていたのですが、ここの歌詞もやはり秀逸といいますか、真理なのではないかなと思います。

……まあ、個人的に、思い当たる節があるわけです。ハイ。

でも、音楽、いやもっとひろく作品とは、そんなもんなんだと思います。私にとって印象的な部分と、あなたの琴線にふれた部分は違うかもしれません。私がスルーした部分をどこかの人が大切に思うこともあるでしょう。だからぜひ一度聴いてみてほしいなと思うのですがそれはそれとして……。

受け取る人の数だけ解釈があり、作品の世界はその分だけ広がっていく、そう考えると、夢がありますよね。

このブログも、またあなたのブログも、読まれるだけふくらむ代物なのです。

 

雑なまとめですみません、次回はもっと内容練りたいと思います。

結局3500字手直しして3900字も書いてますね。日々精進。

 

ちゃお!

*1:

冷静と情熱のあいだ』(れいせいとじょうねつのあいだ、Calmi Cuori Appassionati)は、1999年に出版された辻仁成江國香織による恋愛小説。またこの小説を原作とし、2001年に公開された日本映画。また、2001年5月25日に発売された、この小説から生まれたアルバム。

(Wikipediaより)

(私の記憶だと)冷静と情熱が逆転しているのは、「情熱」のほうが先んじて話題に上ってきたからでしょうか。

小説も映画もアルバムも、いずれも私(たち)にとってはギリギリ産まれる前の出来事ですし、今回初めて知りました。私は本をぜんぜん読まない人種なので、小説だということすらピンと来ていませんでしたが、江國香織さんという作者にはめちゃくちゃ見覚えがあります。現代文の問題集で解いたからです。『草之丞の話』という作品でしたが、「侍で幽霊の父」とかいうトンデモ設定で、短時間で部分を読んで問題に答える、となるとだいぶ苦戦を強いられました。お話としてはググった限りそんなに難しくはないようなのですが……。ちなみに辻仁成さんのほうも、中退されたようですが一応我らが先輩だそうです。いやあ、さすがに多いですねえ。きっといま同学年にも未来のスターがひそんでいるんだろうなあ。

*2:これとこれです。

https://kids.gakken.co.jp/wp-content/uploads/2016/12/ph3.jpghttps://m.media-amazon.com/images/I/61yHtflRXKL._AC_UY500_.jpg

*3:裏話としてライブのMCなどで仰っていたのですが、当初レコード会社の東芝EMIと”アルバム3枚契約”だったそうで、初期三部作と呼ばれている(はず)3つのアルバムと、そのあとにベストアルバムが出て、そのまた次の5枚目のアルバムがこの聖域、となっていまして、つまり、3枚で契約終了にならず、出すことができたアルバムなわけです。「必死にやっていた」という3作を経て、著名な方の提供楽曲やカバーも収録したこのアルバムは、視界が開けた1歩だったのかもしれません。というようなことを以前どこかの評で見かけました。どこで見たか思い出せず出典が明記できません。そこまで自分で洞察していたわけではないですごめんなさい。

*4:ちなみに、のちの2008年に発表されたアルバム『RAINBOW-MAN』に収録の「キミハキレイ」という曲では、「厳正なる審査で 選ばれしミス・アバンチュール」という歌詞が登場します。セルフなんとやらですね。ということでやっぱりミスコンで合っていそうですね。